2009年6月20日

ついに浮遊体験!



以前からやろうと思っていたパラグライダー体験についに行ってきました。
一番左のカタツムリみたいなものを背負っているのが私です。
浮遊体験なので山の上から飛んだわけではありませんが、小さな一歩が大きな進歩です。
50センチ位は飛んだでしょうか?
初めはイントラ氏に後ろを押される感じで飛びましたが、勘が良いということで午後からはグライダーを凧揚げのようにして自分の上に浮かべて上手く静止させる練習に入りました。
色んな紐を束ねたり引っ張ったり、離したり、体重移動したり、バランスを取ったりととても忙しいものでした。(何故か文章がですます調になっている。この体験の後もずっと気分が良い)

風の動きを草の揺れや音や吹流しの方向なので判断し、良いと思うところでおもむろにバサッと「Aライザー」と呼ばれる紐を引っ張ります。
グライダーの空気取り入れ口から風が一杯に入り込み、グンッと上がってくるのですが、これがまたすごい力なんです。
前に引っ張られる力が強いので思わず踏ん張り過ぎ、足の爪が靴に押し付けられて親指の爪が剥がれそうになっています。(いやはや、帰りに温泉に寄ったのですがお湯に入ると爪がしみて痛いの何の)
でも、これはとても良いスポーツだと思いました。
是非とも色んな人を引き入れてみようと思っております。(笑)

スクールの校長が「飛ぶと何かが身体から出る。心が軽くなる。」というのを聞いて非常に楽しみになりました。まじめに通えば1ヶ月くらいで一人で飛べる様になるそうです。
私の野望はというと・・・。

①パラグライダーからモーターパラグライダー(エンジン付)に転向し、津軽海峡を越える。
②インストラクターになり、趣味で色んな人にこのスポーツを広める。
③タンデム飛行(二人乗り)体験を自ら主催し、気に入った女人と空中でムフフな時間を過ごす(コラコラ)
④自らスクールを主宰し、機材や各種コースを売り付け金儲け(コラコラ)
⑤パラグライダーからライトプレーン(一人乗りの小さい飛行機みたいな乗り物)にバージョンアップし、飛行機乗りになってみる。
などなど、純粋なものから不純なものまで夢は拡がります。(爆笑)

2009年6月14日

TANNHÄUSER



タンホイザー:ワーグナー
この音楽は「麻薬」だと私は思う。
耳に残る。
そして陶酔感。
弦楽器の回転音が形となって円を描く。
ワーグナーは単なるクラシックとは明らかに違う。
本人の生前のエピソードを見ても、とてもこの人はまともじゃない。
革命家、教祖、不良おやじ。
ドラックなんかもやっていたんじゃないだろうか?
事実、伝記によると色んな薬を自分の望むままに好きなだけ飲んでいたそうで、それが最終的に心臓に来て死に至ったという。
女ぐせも非常に悪く、弟子の妻を寝取ったり、自分勝手極まりない。
ルートヴィヒ2世(当時の権力者)をだまくらかして利用するあたりは最高に悪どい。
だからこそ私は好きなのだ。
現代のロックに通じるものがある。
優等生の創る音楽には私は全く興味がない。

2009年5月31日

トレインスポッティング





ドラッグ映画だ。
内容は非常にクレイジー。
自分の肛門から排出した座薬を取るために便器の中に潜り込むなんて、とてつもなく汚い。
「日常のバカバカしさ。」
「俺はそんなのには興味がない。」
「でも出来るのは注射器で茶色い液体を静脈に流し込み、点滅する神経の星空の中に逃げ込むことぐらい。」
メーッセージがあるとすればそんなところだろうか?

いかにもイギリスの映画って感じで、英語もスコットランド訛り(?)みたいな変な発音で面白い。
ポンポンとテンポも良くて音楽もイイ。
イギリスものってハリウッド映画とはちょっと違って何となく陰がある。
しかし、それは上手くカバーされ、悲壮感は全くない。
題材は陰惨なものに違いないのだが・・・。

2009年5月30日

観念の世界を生き延びる

恐怖や不安、焦燥、追い詰められる気持ち。
突き詰めると死への恐怖。
自己保存本能。
現代病とも言える欝や様々な神経症的疾患は人間本来のこの自己防衛プログラムの失調を示している。
しかし、何故だろう?
現代の日本なんかでは死ぬ恐れなどとはそんなに考える必要もないのに。
確信は持てないが、私の中には「すべてはマーヤー」だという意識がある。
マーヤーとは、相対界を絶対的なものと見誤り、真理を遠ざけてしまう無知。幻影。幻惑。

世の中所詮はマーヤー。観念の世界。
恐怖も、陶酔も幻想に過ぎない。
死は突然に訪れる。
ということで良いのではないだろうか?
そこに深入りしても死ぬだけだ。
逆に陶酔の世界、これを追及したらこれはもうドラッグの世界になってくる。
これもまたマーヤー。

死も陶酔も克服すれば人は皆自由になり、思いのままに生きることが出来るのではないだろうか?
決して現実逃避ではないありのまま・・・を受け入れる気持ち。
純粋な、または昇華された”欲”にも素直に従うこと。
抑圧も強制も何もない。
菩薩のようなものだ。

誰かが自分を殺そうとするなら、それはそれで仕方がない。
また、病気や痛みに捉われるなら、それもまた仕方がない。
恐怖や不安はすべて”死”に向かっているのなら、死を受け入れることで心は開放されるだろう。
欲望もまたマーヤーだと悟るなら、生きることを恩恵と感じ何も不足はないだろう。
肉体は必ず死ぬ。
探求する必要なんかない。
それはそれ、今を生きるのだ。

2009年5月21日

スパイスシリーズ

最近、大麻にはまっている。
と言っても吸引・栽培などは一切行っていない。
想像上の興味である。
ただ、知的好奇心の対象としてのドラッグカルチャーには以前から関心があった。
私が20代の頃、アメリカのヒッピー文学にあこがれた時期があった。
ボブ・ディランが結構好きだった(コンサートにも一度行ったことがある)し、「イージーライダー」という映画もとても好きだった。
アレン・ギンズバークの詩集で「吠える」というのを今でも覚えている。
ウィリアム・バウロズの「裸のランチ」というのも読んだことがあった。
上記2者の手紙のやり取りを記した「麻薬書簡」なんていうのも読んだことがある。
そういったアメリカのヒッピー文化、ビートニクと呼ばれる人達について考える時、切り離せないのが「ドラッグ」である。

私はこれまで、ドラッグと呼ばれるものを一度もやったことがないし、手に入れる方法も知らない。
違法なものには全く興味ないが、合法なものなら多少はやったことがある。
良い、悪いは別として・・・。
例えば、完全に合法であっても「煙草」とか「アルコール」は間違いなく身体に悪いし、社会的にもかなり問題がある一種の「ドラッグ」と言うことが出来る。
しかし、最近私が注目しているのがこれだ。
スパイス
日本では「お香」として販売しているが、間違いなく吸引目的の合法(脱法)ドラッグだ。
      ↓
http://www.love-salvia.com/



これを吸引するとマリファナに似た強烈な”ハイ”が味わえるらしい。
それもそのはず、この商品には「合成カンナビノイド」が含まれている。
合成カンナビノイドとは、大麻に含まれる「テトラヒドロカンナビノール (THC) 」を人工的に作り出したものである。
これ自体は違法なものではないが、吸引目的での販売は「薬事法違反」となるため、あくまでも「お香」としての販売となる。
恐らく近い将来規制の対象となることは間違いない。
ドイツではすでに製造・販売に規制が入っている他、オーストリア、スイス、オランダでも規制されている。
オランダと言えば大麻合法の国で、「コーヒーショップ」と呼ばれる専用の大麻(マリファナ)カフェなるものがあるらしい。
そのオランダが大麻を合法として、「スパイス」を規制するとは面白い。
今の日本ではその全く逆のことを行っている。
いつかオランダに行くことがあれば是非とも「大麻カフェ」なるものに行って見たいと思う。

2009年5月9日

映画:ワルキューレ



トム・クルーズ主演の「ワルキューレ」を観た。
感想だが、「中国人が作った日本の時代劇」といった感じで、いかにもハリウッド臭い感じである。
言葉は英語だし、キャストはどう見てもドイツの将校っぽくないいかにもアメリカ人だし、恐らくドイツ人が見たら「ラストサムライ」とか「パールハーバー」と同じくらい失笑ものの出来であろう。
しかし、まぁそもそもエンターテイメントなんだからそれはそれで良いのかも知れない。
この映画で取り上げられている事件「ヒトラー暗殺未遂事件」は1944年7月20日に実際にあった出来事である。
もちろん、この計画自体は失敗し、ヒトラーは死ななかった
しかし、この頃はもう敗戦はどうやら避けられないとの認識はドイツ人の将校クラスには分かっていた事なのだろう。結局この事件の9ヵ月後にはベルリンは陥落し、ヒトラーは自殺、ドイツは降伏した。

それはそうと、この事件の本当の恐ろしさは謀反人である同国人に対するこの後の”人民裁判”なるものの仕打ちである。
「ローラント・フライスラー(Roland Freisler)」
という人が裁判官になり、これらの犯人たちを裁いて行ったのだが、もちろん裁判などとは形だけで、全員死刑にするための茶番である。(見よ!このいかにも冷酷で感情のない人を蔑むような目を)
  ↓


とにかくこれを見て欲しい。

これが公正な裁判所の映像だというのだから全く恐ろしい。
それがいかに謀反人であろうと、近代以降の社会でこんな風に口汚く罵りの言葉を浴びせる裁判(しかも裁判官が)が実際に行われていたとは事実は誠に物語よりも恐ろしい。

しかし、今日の政府において「三権分立」と言われているのは誠にこのような事柄が実際に行われていたという事実による。
上の写真を見るとそれが良く分かる。
今日の国家権力というものは誠に「リヴァイアサン」(聖書に出てくる巨大な怪物)であり、(司法・立法・行政)の分立がなければ簡単に人の権利など捻りつぶしてしまう。
それ程、現代における平等・基本的人権などというものは実際にははかないものであり、脆いものなのだ。
我々はそれを絶対的な原則のように考えているが、決してそんなことはない。騙されてはいけない。

ローラント・フライスラー(Roland Freisler、1893年10月30日‐1945年2月3日)は、ドイツの法律家、裁判官。第二次世界大戦中、ナチス支配下のドイツにおける反ナチス活動家を裁く特別法廷「人民法廷」の長官を務め、不法な見せしめ裁判で数千人に死刑判決を下した。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

また、ローラント・フライスラー(民族裁判所長官)は、
-悪名高い民族裁判所長官で、現在でもドイツ司法界の恥部として忌避される男-
1893年10月30日にハーメルンに工学士の息子として生まれる。アーヘンの高等学校を卒業後、キール、フランクフルト、ゲッティンゲンの大学で学び法学博士号を取得。その後、弁護士、官僚になり、プロイセン司法次官、ドイツ法学院委員、ドイツ法曹同盟カッセル大管区指導者を歴任した。
 彼を特に有名にさせたのは、民族裁判所長官時代の物と言える。民族裁判所とは、犯罪の中でも特に国家への反逆罪を裁く場として、ナチス時代に設置したものである。
 しかし、裁判とは名ばかりで、被告人に対しては長時間の陳述などは禁止され、フライスラーは被告人に対し、およそ裁判官とはかけ離れた活字に出来ないくらいに罵倒、侮辱している。裁判の様子は映像が残っているが、司法裁判というよりは中世の魔女裁判というのが相応しい。
http://royallibrary.sakura.ne.jp/ww2/menu2.html 
(出展:第二次大戦資料館)

とも書かれている。
また、この人は結局最後はアメリカ軍爆撃により死亡。ヒトラー暗殺計画の中心人物であった人物の資料を抱えたままの姿で死体で発見された。
なんとも歴史とは(偶然?必然?)の不思議な皮肉に満ち溢れているではないか。

2009年5月5日

人殺し大百科



今日、本屋にてこんな本を見つけた。
題して「人殺し大百科」である。
ハードカバーでケース入りの分厚い本格的な豪華本である。
誰が何のためにこんな本を買うのか?
アマゾンのレビューを見ると、小説などを書くための資料として購入したなどというのがあったが、まぁそれもあるだろう。
しかし、これは非常に詳細で面白い。
内容は?というと。

(出版社/著者からの内容紹介)
「人殺し」を凶器・手段などで分類・研究。殺人学の概論にはじまり、豊富な「人殺し」事例の検証を試み、殺しの《意匠》を純粋に突きつめた『人殺し』の大百科。

内容(「BOOK」データベースより)
本書は「人殺し」を主に凶器という観点から幾つもの検証を試み、殺しの“意匠”を純粋に突きつめたものである。
AMAZONより引用

ということである。
この本の中で私が注目したのは「アサルト兵器」に関する記述である。
アサルト兵器とは歩兵が携行する小火器類で、主に”突撃銃”のことであるが、要するにタリバンなんかが持ってる ↓ こういうやつである。


それで、私が好きなドキュメンタリー番組の一つに「ディスカバリー・チャンネル」
http://discovery.channel.yahoo.co.jp/index.php?itemid=25
というのがあるのだが、その中の「フューチャーウェポン・アサルト兵器」というコーナーで、いつも出てくる米海軍特殊部隊出身のスキンヘッドのおっさんが、最近のアサルトライフル「突撃銃」には強力な「マン・ストッピングパワー」が求められていると言ったのを思い出したのだ。

その、強力な「マン・ストッピングパワー」ということの意味をあらためて考えてみるとこれはすごいことで、要するに当たったら人間の頭なんかが吹き飛んでしまうような威力のことを言っているのである。
ただ当たったら倒れるとか、血が出るとか、そういうのは映画なんかで良く見るからそういうものなんだとも思うが、当たったら吹き飛ぶというのはいかにも恐ろしいことではないか?
事実、イラク戦争の画像かなんかで、実際に自爆テロリストが車両で突っ込んできたのを米軍が撃って、運転席で頭が吹っ飛んでなくなっている(粉砕されている)写真をどこかで見たことがあった。
恐らく、こういうことが言い出され始めたのは、米軍がイラクで実際自爆テロにあって、向こうから決死の覚悟で突っ込んでくるテロリストはちょっとやそっとで止められないということを学んだ結果だろうと思う。
私はそれを、アメリカが一般家庭向けのドキュメンタリー番組の中でさらりと言ってのけるという点に非常に驚きを感じたのだ。
また、こうしたことの詳細が書いてある辞典のような娯楽本が、普通の本屋で見られるという日本ももちろんすごいと思うが・・・。

この本に、その「マン・ストッピングパワー」の詳細が載っていた。
図解入りだった。
調べてみるとWIKIにもちゃんと載っていて、
ストッピングパワー(Stopping power)とは、けん銃や小銃などの小火器から放たれた銃弾が生物に命中した際、その目標となった生物をどれほど行動不能に至らしめるかの指数的概念である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ということであった。
いやはや、恐ろしや。